人が悲しみの感情を見せるのはどうしてか? 悲しみの役割

シェア

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

家族や恋人、友達など愛する人が死んだ時、その人を失ったことで強い悲しみを抱きます。悲しみにとらわれていると、何もする気が起きることがなく、ひきこもりがちになり、心を塞ぎこんでしまいます。

感情は人間が生存し続けるために必要性があったので、進化の過程で人間が切り捨てなかったものです。しかし、一見悲しみの感情にはその必要性を感じることができません。

そこで今回は悲しみの感情の役割について調べてみました。悲しみの感情が人間にとって必要な理由は3つあるのでそれらを紹介します。

スポンサーリンク

負けを認めて、攻撃を避ける

「涙は女の武器」という言葉がありますが、女性の涙に弱い男性は多いかもしれません。男女間で口論しているとき、女性が不意に涙を流すと今まで怒りを表に出していた男性は攻撃の手を緩めることがあります。また瞬間的に我に返り、罪悪感や不安を感じることさえあるかもしれません。

人間は能力の優劣や自分の主張を受け入れさせるために、口論や喧嘩のような手段を用いてます。そして、他人に悲しみを見せることは、自分が負けましたとハッキリ相手に伝える行為となるのです。

もしもこのような負けましたという態度を示さなければ、最悪の結果を招くことになるかもしれません。

自分を見つめ直す

本記事の冒頭で書いたように愛する人との死別を経験すると、強い悲しみに襲われて、何もうする気が起きずに家にひきこもり、死別した愛する人のことを深く考えます。

「満足した人生だったのだろうか?」「もっと親しくしておきたかった」「何か自分ができることがあったのではないか」「私のことをどう思っていたのだろう」「何でこんなことに…」「もっと…」このような内省で怒り、罪悪感、悔やみ、償いの気持ちを抱えて苦悩することもあります。

悲しみの感情の本来の機能はこの苦脳することにあります。悲しみの感情によって、死別した相手と自分との関わりを深く考え、それにより自分自信を強く意識するようになり、自分の行いを顧みるのです。

「喪に服する」とは死別した相手を内に秘め、自分自身の糧とし強く生きることを促すための儀式なのかもしれません。

また失恋をしたときなども悲しい気持ちになります。このような悲しいときも自分自信の言動を改めるキッカケとなります。相手に思いやりに欠けた言動をしていなかったか、相手の価値観を大切にしていたかと考え、次の恋愛に備えるのです。

他人の苦しみに共感して同情する

子供は親の注意を惹きつけるために、泣いて自分の不満を訴えることがしばしばあります。そうすることで、親の注意を自分に集中させて尊重してもらうのです。

また、迷子が大声を上げて泣くことで、見ず知らずの他人の心を動かして同情を誘い、助けてもらうということもあります。

このように悲しみの感情には他人の注意を惹きつけて、同情を誘い精神的なことや物質的な援助してもらう効果があります。では、なぜ人は悲しんでいる人を見ると手助けしたくなるのでしょうか?

明確な答えがある訳ではありませんが、愛する夫が死んだと告げられたときは悲しまないことがしばしばあり、夫以外の愛する人たち(子供、両親、親友)に会ったときに悲しみが急に襲ってくることがあるようです。

つまり、愛する夫を失った悲しい気持ちを語り合って、分かち合う人たちがいることで悲しみを強く感じることができるのです。そうすることで悲しみや苦悩から立ち直りを早めて、普段の生活に早く戻れるようになるのです。

まとめ

悲しみの感情の所為で起こされる、何もする気が起きなくなり、ひきこもって心を閉じるという行為は、苦しいだけで何のメリットがないように思えました。

しかし、このように悲しみの感情が動機付けする機能は、自分を見つめ直すキッカケになり、他人とコミュニケーションをすることが、互いの結束を強め、早く立ち直る手助けとなることが分かりました。

悲しみにはこのような役割があるので、悲しむことを我慢する人もいますが、我慢しないで自然体でいることが、自分自信のためになるのです。

スポンサーリンク

シェア

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連コンテンツ